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2011年05月25日

石山寺

石山寺

東大門

石山寺は 瀬田川沿いにあった。
この門は1190年に源頼朝の寄進によって建てられたとされ、慶長年間に大修理が行われたとか・・・、立派な門だった。 『いい国つくろう・・・』の1192年より2年前・・・・。


石山寺

参道

両側には つつじともみじや桜の木等が一杯あった。春・秋は美しい景色だろうと思った。 つつじはもう終わっていた。

石山寺

くぐり岩

大きな岩があった。立札に『くぐり岩』と書いてあった。立札には『この辺りの岩は 全部大理石である』と書いてあった。通り抜けられる穴だったので くぐってみた。


石山寺




石山寺

天然記念物『石山寺硅灰石』

立札には 次の様に説明が書いてあった。
『硅灰石は 石灰岩が 地中から突出した花崗岩と接触し、その熱作用の為に変質したもの。この作用によって通常は大理石となるが、この石山寺のように雄大な硅灰石となっているのは珍しい。石山という名称は この硅灰石に由来している 等々・・・・』
石山寺の由来も何も ここに来る迄知らなかった。


石山寺

本堂

奥にある礼堂を右に曲がると祭壇があった。礼堂手前の中程には紫式部が籠って源氏物語をまとめたという部屋『源氏の間』があった。
この建物は 岩の傾斜地に建っていた。礼堂から下を見ると 木が組んであるのが見えた。随分高かったので下をのぞくのが怖かった。
縣造(かけづくり)というらしいが、なかなか凄い建築技術だった。清水寺の舞台も凄いけれど・・・。


石山寺

源氏の間

中は少し暗かったが 紫式部らしき姿があった。


石山寺

多宝塔



石山寺

経蔵

校倉造になっていた。床が高く 湿気を防げるので 経典(?)書物等を収納するのには良さそうだった。
校倉造りと言えば、正倉院の校倉造を 昔見た程度・・・・?



石山寺

毘沙門堂

ここの建物は どれも古くて由緒ありそうな物ばかりだった。



石山寺

石山寺から見た瀬田川

瀬田川が琵琶湖から流れ出る唯一の川で 瀬田川が宇治川となり 最後に淀川となることを知った。 唯一の川で 淀川の最初が瀬田川だったとは 気が付かなかった。赤面
琵琶湖の周りの どの川が琵琶湖に流れ込むか 流れ出るか、そんな事に 全く関心もなかった。
山崎の辺りで3つの川が合流して淀川となる事は 実際に見ているし、琵琶湖の水の恩恵を受けているとは知っていたが・・・。

確かに目で見た瀬田川は 琵琶湖の方から流れて来ていた。

家に帰ってyahoo の地図で見たら 確かにそうなっていた。







Posted by モッチ  at 06:53 │Comments(0)

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