2010年10月20日
ブラスバンド同級会

少し前の事だけれど・・・・。中学校時代の吹奏楽部の同級会があった。
高校一年で他県へ転校したので 還暦同級会で出会ったのが 私にとっては数十年ぶりの出会い、それ以来 ブラバン同級会は2度目だった。
今回 顧問の先生の話の中に 世界的に有名な指揮者の話が出てきて 皆びっくりした。(私が大ファンの指揮者)
先生は 私達が卒業した後 京都に転勤されたらしいが、京都市の中学で 吹奏楽部の顧問をしていた時 その方が中学3年生におられたらしい。
コンクールに出る為に、その頃 既にフルートで音楽の道に進もうとしておられた彼に 入部して貰い フルートの『ソロ部分』が多い曲を『自由曲』に選んで大活躍してもらい、彼のお陰で コンクールで良い成績をとる事が出来たとの事・・・。 昔だから出来た事だと思うけれど・・・・。
教師と生徒の関係なのだから当たり前だけれど、大指揮者の話をする時、『裕クンは・・・』と 『クン』付けで呼ばれる先生にも驚いた。また 大指揮者になる人は 中学生の頃から凄かったという事もわかった。
クラブの部長だったA君は 音大を卒業して 読売交響楽団で活躍していたようだ。
トロンボーン担当のU君は 京セラに入ったあと 渡米して何年も頑張り 稲盛会長の右腕となり、京セラの副会長として活躍されたそうだが 数年前に亡くなった。新聞にも出ていた。
前回の還暦同級会の時 彼とは席が隣どうしだったので よく話した。周りの人が「彼は偉いサンだよ」と言っていたが、そんな偉い人になっているとは 死亡記事を読むまで私は知らなかった。偉くなればなる程 偉そうぶらないし 腰が低くなる。
還暦同級会の時は 病気を知っていて 最期の別れに来られたのかなあと 今回皆でしんみり思い出話をした。
旧国鉄(JR)で吹奏楽部に入り 仕事がてら楽しんだ人もいたし、実にさまざまな人生を送っているなあと感慨深い一日だった。

Posted by モッチ
at 06:53
│Comments(2)
あ、いつも汗びっしょりになって棒を振っておられるあの方ですね~。
そのころはどんな生徒さんだったのかな。
その顧問の先生に取っては、うれしい、誇らしい思い出なのでしょうね。
同窓会、ほとんど行っていません・・・・一度行ってみようかな?昔を振り返るには十分な年齢ですもんね。
そうです。汗びっしょりの、でも あの大きな素敵な指揮者さんです
こちらの方で指揮をされる機会が少ないので、私は 残念ながら まだ音楽会で見たことはありません。
指揮者さんにとっては どの程度の思い出なのかわかりませんが、先生にとっては 誇らしい思い出だと思います。