大阪空襲の新聞記事
朝日新聞記事より・写真左は空襲を受ける砲兵工廠(米軍撮影)
今日は終戦記念日、昨日の新聞に大阪大空襲の記事が載っていた。
大阪大空襲は数回あった。その時はここは被害は受けなかったが、1945年8月14日、終戦の前日、京橋付近が大空襲を受け 沢山の人が亡くなった。 米軍は 京橋近くにあった大阪砲兵工廠を狙って数個の1トン爆弾を落とした。
記事の方は疎開先の福知山からお父さんを呼び寄せに行く途中、その大空襲に遭った。防空壕に入って何とか命は助かったが、沢山の人が犠牲になった。駅舎も跡形も無くなった。地獄絵図のようだった。
「あと、1日終戦が早ければ みんな生きていたのに・・・」とずっと思っておられた。
私は 戦争の記憶は全くない。大阪の大空襲の事も殆ど知らなかったが、昨年 この大阪砲兵工廠跡の辺りをガイドさんの説明を聞きながら歩いて知った。
ここは明治の初めに造られたが 兵器製造の為に次第に拡大された。
今は この地に 何もなかったように ビルや大阪城ホールなどが建っている。
大阪城は前に何度か行ったが 私は全く気づかずにこの辺りを通り過ぎていた。